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勢いにまかせて当分の間

福島県民へのホテル予約拒否・・・驚き、やるせなさを感じます。
今まで値引きとか格安とかうたった事はありませんが
福島県からのお客さまの宿泊料を10%オフとします。

福島からは遠い宿です、年に数組さまのご利用ですが
もしこちらへお越しの予定がありましたらお声をかけてください。

2011年 4月 25日 | People | No Comments »

被災者ホームステイについて

今回の大災害に自分にできる事はなにかずっと考えていました。

以前、造船所の従業員一家が住んでいた家で、今は空き家になっています。
3室平屋の小さな家ですがご家族だけで生活出来ます。
一通りの家電や生活用品はあります。
保育園、小学校、中学校はあります。
人口2000人ほどの小さな島ですが被災されたご家族に利用していただきたいと思います。

災害ホームステイについて、ここでは、あまりに遠いだろうと一歩踏み込めませんでしたが
ネット検索すると、この地より遠方からの提供も多く
お知らせする事にしました。

また東北小型船舶工業会さまより被災地の造船施設のほとんどが全壊となり、
従業員の一時就労が可能か問い合わせも来ておりました。
さっそく一家族が居住可、造船所での就労も可能の旨、返信しました。
ご希望であれば女性の方には週二日ほど宿のお仕事もあります。
これも縁、どちらからご返事がいただけるか分かりませんが、一時の避難場所としてで
はなく、被災ご家族の積極的な生活再生の一歩としてご利用いただきたいと思います。
期間はとりあえず一年間(ご本人しだいで2年でも結構です)
ガス、水道、電気料金のご負担はお願いします。
家賃は年額一万円を予定しています。
気兼ね、遠慮は無用です、そのために家賃もいただきます。

連絡は(0569-67-2091)にお願いします。    

2011年 3月 31日 | People | No Comments »

被災地からの甲子園出場

心からエールを送りたいと思います。

津波は一瞬で多くのものを奪いました。
しかし山のような怒濤も若者たちの未来を奪うことはできませんでした。
大人たちは黙々と築いてきた多くのものを失いました。
しかし若者たちには時間というかけがえのない宝があります。
目の前の困難の巨大さに怯んではいけません。
それはいかに大きくとも若者のために用意された彫刻の素材に過ぎません。
鑿の一打ちでくだける部分はわずかでもその巨大な岩の中にはすばらしい未来という作品がひそんでいます。
若者の一打ち一打ちはかならずそれを探しあてるでしょう。
苦難の中にいても人は一人ではありません。
焦って走れば共に歩いて来た人を失い、飛べば地に落ちます。
焦らずゆっくり、歩いて下さい。
絶望の淵にある大人を救うのは若者たちが築く未来ではなく未来を築く若者たちの姿です。

絶望的な報道ばかり続いていましたが光りも見えてきました。
被災地での卒業式など、こちらが元気をいただきました。
ようやく、なにが必要かが見え始め、笑顔でお客さまをお迎え出来る心境になってきました。

2011年 3月 23日 | People | No Comments »

グーグルの震災情報など

ネット上にアップされた役立つ震災情報です。
リアルタイム更新しています。

Google 災害情報特設サイト

災害伝言板、炊き出し場所の情報などです。

避難所名簿の共有
公開名簿

2011年 3月 15日 | People | No Comments »

裏方の裏方

裏の裏は表じゃないか
いや、そんな話ではなく、砥石の話です。
家で魚をさばかれる方からリクエストがあったので、はしょって書いてみます。

まずは、よく使う砥石セットです。

右から
セラミック系の砥石  荒研ぎ用 400番
二番目の濃い緑が同じくセラミック系の中砥石 1000番
三番目の褐色がセラミック系の仕上げで3000番  普通はこれで研ぎ上がります
台に乗っている壁色が普通タイプの3000番ですが、同じ3000番でも
セラミック系より研ぎ上がりがしっとりして5000番くらいの感じです。
これは長く使っているので厚みはもう7ミリくらいで、いつ割れるか心配しながら使っています。
その横の銀色がダイヤモンド砥石で中目の表示で400番よりやや荒い感じです。
一番左がダイヤモンドの荒目でこちらは刃物の形をかえるとか、よぼどひどい刃こぼれに使うだけで
もう研ぐというより鉄を削るといった感じです。
下の黒っぽいゲジゲジは砥石を平面に研ぐ砥石です、これは必要です。
砥石が凹んでいたら研ぎ師でもきちんと研げません。

セラミック系を使い始めたのはまだここ数年です。
砥石に関して書くにはどうしても包丁の話が切り離せません。
ステン包丁は錆びない切れない安物という時代は昔の話で、かなり切れる包丁が作られています。
青紙や白紙といった炭素鋼に劣らず、ねばり強く錆びないといったメリットを考えればプロでもステンレス包丁の方が便利な場合もあるでしょう。

青とか白とかはハガネの種類です。
簡単に言えば普通は地金にハガネをくっつけて包丁が出来ています、霞と言われます。
ほとんどの包丁がそうで、板前さんが普通に使っています。
地金部分が柔らかく研ぎやすい使い勝手のいいすぐれた包丁です。
もう一つこだわると霞より上位の「本焼き」です、全体がハガネで刃先部分だけ焼き入れをします。

さらにこだわれば「水焼き入れ」「油焼き入れ」・・・これはもう関係ないですね。

本焼きは鍛冶屋と刃物を使う人の、「妥協無し」というこだわりでしょうか。
霞もすでに完成された日本のすばらしい包丁ですがハガネと地金を高温で合わせると
互いの金属の性質が混じり合うというか、どうしてもハガネの性質が一部損なわれる部分があるんじゃなかろうか
そんなふうに想像しています。
もちろん鍛冶屋さんはすべて理解して打っているわけで、霞も素晴らしい包丁です。

何を言いたいかというと、硬い本焼きも粘りのあるステン系の包丁もセラミック砥石なら研げます
(超高価な青の本焼きをガシガシ研ぐ人はいませんが(^^;)

普通の出刃も柳刃も魚をさばいた状態でまな板の上に30分も放置すればもう錆びが始まります。
刃先は3000〜5000番で仕上げているのでなかなか錆びませんがシノギ部分などに
中砥の砥石目でも残っていたらすぐ錆びます。
その包丁で刺身を引けば金属臭が心配です。
自分のようにお客さまの食事時間にあわせて刺身も引けば焼き物もする、時には天ぷらも揚げるといった場面では、錆びは結構ストレスになります。
2年前からグレステンの出刃を使い始めました。
研ぎ直後のハガネの出刃の切れ味が10とすればグレステンは9くらいでしょう
でもハガネ出刃が数日で切れ味が5くらいになってもステン出刃は8くらいが長く続きます。
それに錆びも出ず、金属臭はまったく無し。
通常はハガネの出刃を使っていて、状況によってステン出刃を使っています。
ステン系柳刃への偏見も薄れて来ました。

砥石の話に戻ります。
ダイヤモンド砥石、ガラス砥石、セラミック系砥石と種類はありますがセラミック系の砥石が
一番無難ではないでしょうか。
ステンレス包丁も研ぐならばセラミック系の400、1000、3000番がベストと思います。
2年くらい前、3本で二万ちょっとくらいでした、今はもっと安くなっているでしょう。

研ぎ方はシノギから刃先まで丸くならず真っ直ぐになるベタ研ぎが一番簡単です。
最後に刃先部分の角度を少し鈍くして裏を糸引きにすればかえりも取れて長切れする包丁に仕上がります。
家庭用ならそれで十分です。
(自分は刃先をややはまぐりにして糸引きは表に微かに付ける程度です。裏の研ぎを最小限にするためです。長く使ってベタ裏になってしまうと出刃は我慢出来ますが刺身包丁は使いにくいです。はまぐりの程度や糸引きの具合は包丁一本一本すべて癖があり用途も異なるので大きさや角度は変わってきます。切れが続かない、刃先が滑る、刺身を引くのに重い、身離れが悪い、等々の理由で、肉眼でわかるほど二段刃もあれば仕上げ砥の上を一度なめるだけの糸引きもあります)

すべて包丁がステンになるかかどうかはわかりません。
しかし自分は炭素系の包丁を手放さないと思います。
研ぎ上げた青の本焼きの何とも言えないような姿は・・・・・・

刃物と砥石にこだわり過ぎると、別の世界へ行ってしまいそうで、ちょっと怖いです。

切れる包丁に研ぎ上げるのは仕事で必要な作業ですが、それ以上に
無心に研ぐという行為は自分にとって精神衛生上重要な時間でもあります。

2010年 10月 12日 | Friends and People | 2 Comments »

無題

初めてお泊りになったお客さまに「南風は民宿ですか?旅館ですか?」と、よくたずねられます。
半世紀前の創業時は民宿南風でのスタートでした。
実は自分の感覚ではどちらもしっくりこないのです。
「どちらかはっきりしろ」と言われれば法的な営業許可や消防法のセーフティーマーク取得設備は旅館業で、ネットのお宿紹介サイトには創業時の民宿で登録しています、また地元の区分では民宿組合に入っています。

篠島で最初に民宿の看板あげたのが民宿南風でした。今でこそ民宿と言えばある程度のイメージは出来ていますが、当時は初めて聞く言葉でした。

創業時の先代の心意気を大切にし、時の移り変わりとともにかたちを変えるお客さまのニーズ・・・篠島への旅で何を求めているのかという自問のなかで未だに整理出来ないのが宿の区分けです。自分では「宿」の一文字が一番しっくり来るのです。

現状は「どちらでも」というのが正直なところで、民宿でも旅館でも、お越しいただけたお客さまの判断におまかせしたいと思っています。



親父が旅立って40日あまりがたちました。6月に癌告知を受けてから懸命の治療と看護も空しく8月6日未明に永久の別れとなりました。

闘病中に「このまま死んでも何も思い残す事は無い、幸せな一生だった」と言っていたのは残る者たちへの親父の最後の思いやりであったと思います。

思い残す事が無いわけがない。五人の孫もまっとうに自立し、二人が結婚し「こいつが南風の4代目だ」と親父が節くれ立った手で生後間もない曾孫を幸せそうに抱くのを見て必死に涙をこらえました。お客さまに喜んでもらえるのがうれしくて、美味しいと言ってもらえるのがうれしくて、働いて働いて働き通した一生でした。多くのお客さまに贔屓にしていただき、小さいながらも宿はずっと順調で、「家族が皆元気で働けて、ウチほど幸せな家族はないぞ」が口癖でした。その幸せの中、たった一度の入院生活のまま、ついに愛した南風に帰ることなく旅立って行きました。

悔しかったです。無念でした。「ダメかもしれない」と覚悟した最後の夜は、意識が無くなった親父を抱きしめ「もう我慢しなくてもいいぞ」「辛い抗ガン剤ももうやらない」と何度も何度も言いきかせながら泣きじゃくりました。友人や釣り仲間にも恵まれ「じいじ」「南風丸」と可愛がられ、余生は大好きな釣りを楽しんだり、曾孫の守りですごしてほしいと思っていたのに、あわただしすぎる旅立ちでした。

家族が現実を受け入れられない状態でも通夜や葬儀は進んでいきました。ただ予想をはるかに越えた多くの人の涙や弔問をいただき、にぎやかな雰囲気が好きであった親父もきっとうれしかったと思います。親父を見送っていただいた皆様には心から感謝しています。

火葬場で煙突からあがる煙が消え「ああ、もう俺には二度と親父の声は聞こえない」と思った時に、初めて蝉の鳴き声が耳に入ってきました。夏に入ってからずっと鳴いていたはずなのに、まったく聞こえませんでした。それほど我を忘れていた夏でした。「お客さまに悲しいそぶりは見せてはいけない」と、家族が耐えた夏でした。それでも一度だけ、お客さまに「こんな愛想が悪い宿は初めてです」と言われた時は本当に辛かったです。分かっていてもいくら涙をかくしていてもお客さまには宿の心は伝わるものだと改めて思い知りました。今は、ただただお詫びするしかありません。

先日、看護で長く釣りに出る事なく繋ぎっぱなしだった南風丸を上架し船底掃除や遺品を整理しました。よく二人で釣りにでました。大物とのやりとり、潮待ち時間の釣り仲間との馬鹿話など。本当に楽しそうな顔の親父が思い出されます。親父の仕掛け、親父の大きめのコーヒーカップ、親父の合羽、操舵室助手席の親父のクッション、親父の老眼鏡、最新のGPSを使うのが苦手で釣りポイントの山立てを小さな文字でびっしり書き込んだ親父の手帳、すべてがもう二度と使われる事はありません。楽しかった思い出は時に残酷なものです。また涙でひとつひとつの品を「楽しかったなあ」と親父に話しかけながら、すべて船からおろしました。




家族で育てて来た南風が民宿か旅館か、親父と話すことはありませんでした。
でも義南碩風居士と名をかえた親父はきっと言うでしょう。


「お客さまに喜んでもらえればどちらでもいい」と。




2010年 9月 18日 | People | 無題 はコメントを受け付けていません。

ダンパ。ぼくの犬。      

犬の名前は「ダンパ」。

体は真っ白やねんけど、両目の周りだけ黒いブチが入って、まるでパンダみたいな顔や。
僕の性格は一直線やから

「名前はパンダにしよ」

と言うたけど、兄ちゃんが

「アホか。散歩とかしてて『パンダーおいでおいでー』とか、俺恥ずかしくてよう言わんわ」
「でもどっから見たってこの顔はパンダ顔やで」
「そやな。そしたら反対から呼んで「ダンパ」ってどうや?ダンパー!!
 ほらこいつシッポ振ってるわ。気に入ってんぞ!絶対」
「ダンパかー…かっこいいなあ。ダンパ!あははは。ダンパ、こっちこっち」

おじいちゃんが通ってる将棋倶楽部の友達に吉田さんていう人がおって、その人の
家の前に子犬が三匹捨てられとった。二匹はもらわれていってんけど、後一匹だけ
どうしても飼い主が見つからなくて、おじいちゃんが「どや。可愛いやろ」ってもろて
帰ってきた。お父ちゃんは反対したけど、僕らよりもおじいちゃんよりも、お母ちゃんが
一番に喜んだからお父ちゃんは「こら、あかんわ」ってあきらめたみたいや。

ダンパはご飯をぎょうさん食べて、ぎょうさん走って、家族みんなの中心やった。
僕は弟が欲しかったから、ダンパと僕は兄弟みたいにすぐ仲良くなった。お兄ちゃんと
僕と一緒に「ダンパ」って呼んだら絶対に僕の所へ走ってくるのが何よりの証拠や。

二階で宿題してたらバイクの止まる音がした。お母ちゃんが買い物から帰ってきた。

「ちょっと、上にダンちゃんおるん?」

下からお母ちゃんが叫んだ。

「さっき台所で寝てたで。上には来てへん」
「玄関のドア開いてるやん。あの子出ていったんちゃうの?」
「うそっ!!」

僕は階段を下りて、さっきダンパが寝ていた台所に飛び込んだ。
ダンパが寝ていたバスタオルの上にダンパは居なかった。

「誰か来たん?」
「あっ、宅急便や。この荷物。はんこ押して貰って…ついさっきやで」
「ちゃんとドアが閉まってなかったんやわ」
「お母ちゃん!」
「さがしに行こ。そんなに遠くは行かへんわ。30分経ったら一回家に戻ってくるんよ
 車には気を付けて」
「わかった」

心臓が目覚まし時計みたいにジリジリ鳴ってる。ダンパ。
車にはねられてたらどうしよう。

「ダンパー」

いつも散歩で通る道を僕は何回も何回も自転車で走った。

ダンパが居なくなって三日目に雨が降った。

「ダンちゃん、上手に雨宿りしてるかな」
「お腹空いてるんちゃうかな。ダンパ何で帰ってけえへんねん」
「誰が優しい人が家に入れてくれたらいいんやけど」
「お金出して飼ったって捨てる人がおるぐらいやんか、お母ちゃん。そんなええ人おらへんで」
「そうかなあ」
「おらへんよ」

ダンパは今日も帰ってこなかった。

日曜日サッカーの試合で隣の町の小学校に行った。試合はボロボロやったけど
僕の頭の中はダンパの事だけでいっぱいやったから別にショックはなかった。

試合の帰り道、コーチがコンビニに寄ってみんなにジュースをおごってくれた。
僕はコンビニの駐車場の壁にもたれてコーラを飲んでいた。

「何回言うたら分かるんじゃ。ビール買ってこい。お前ら聞こえへんのか。
 さっさと行かんかい。どつかれたいんか」

大きな声だった。

驚いて振り返ると小さな家の前で女の子がうずくまって泣いていた。
胸に子犬を抱いていた。

ダンパだった。

真っ白い体、パンダの様に目の周りだけ黒い顔。そう、右の目の黒が少しだけ大きいんだ。
ダンパに間違いない。

家の中で何かが割れる音がした。
と同時にドアを開けてぼくと同じ年ぐらいの男の子が中から出てきた。

「お兄ちゃん」
「大丈夫や。競馬で負けて暴れてるだけや。行こ。そこまでやけど行けるか」
「うん。ほらパンダわんこちゃんおとなしいよ」

ダンパは女の子の涙で濡れたほっぺたをぺろぺろとなめていた。

「泣いてたら犬に笑われるで。抱っこしていけるか」
「うん。おりこうやで。パンダわんこちゃん。ねっ」

二人はコンビニの前の横断歩道を渡って、販売機で缶ビールを3本買うと
また横断歩道を渡って戻ってきた。僕の横を男の子と女の子とダンパが通りすぎてゆく。

(ダンパ)

その時ダンパは確かに僕の顔を見た。ダンパは僕を分かってる…。分かってるんや。

ダンパとお風呂に入って泡だらけにしてお父ちゃんに怒られた事。
お兄ちゃんの宿題のプリントにおしっこひっかけた事。
お母ちゃんに噛みついてお尻をぺんぺん叩かれた事。
ダンパとお兄ちゃんと僕と三人で布団にもぐって恐い映画を観た事。

僕の頭の中でダンパの思い出が花火みたいに広がった。

女の子が立ち止まった。

「お家入りたくない」
「ほなお父ちゃんにビールだけ渡してくるわ。前で座っとき」
「すぐ来てよ。お兄ちゃん」
「分かってる分かってる。よそ行ったらあかんで」
「行かへんよ。ここにおるよ」

男の子が家の中に入ると、女の子はまたシクシクと泣きだした。

僕は女の子に何か伝えたかった。だけど言葉のかけらだけがぐるぐる飛び回って
最後までそれが一つになる事はなかった。

「パンダわんこちゃん。ずっと一緒いようね。パンダわんこちゃん。
 わたしもう泣かないからね。わたしパンダわんこちゃんのお母さんだもん」

頭を撫でられてダンパはいつの間にか女の子の腕の中で眠っていた。

「おーい。揃ったか。ほらお前、そこゴミ拾っとけ。帰るぞー」

コーチの声で僕は夢から覚めた様やった。

「ただいま」

僕の声を聞いてお母ちゃんが台所から出てきた。

「お帰り。どやった?試合」
「ううん」
「そっか…そうそう、今日もねダンパさがしたけど見つからへんかったわ」
「ほんまぁ…」
「どこ行ったんやろなあ。貼り紙までしたけど見つからへんもんやね」

「でも…でもダンパ可愛いから、誰かが大事に飼ってくれてると思うわ」
「そやね。そうやったらええね」
「だから。もう僕は今日でダンパさがすんやめるわ」
「うん……分かった。またきっとひょっこり帰ってくるかも知れんし」
「うん」
「じゃお兄ちゃんも呼んできて。ちょっと早いけど晩ご飯にしよ。お父さん送別会で
 いつ帰ってくるやら分からへんし」
「うん。呼んでくるわ」

靴のひもを解こうとしゃがんだら、横に置いてあった兄ちゃんの靴に白い毛の束がついてた。
ダンパが兄ちゃんの足にじゃれついたときに抜けたんや。

「ダンパ…」

僕はダンパの身体を思い出しながら、そのダンパの白い毛を撫でた。

「ダンパ…」

ドアを開けて指先についたダンパの毛を

ふーっ

と吹いたら、飛んでいってそれはすぐに消えてしもた。

目の前の赤い赤い夕焼け。

ダンパ。お前と一緒にもう一回だけ見たかったな。

                                                                     by ちろる



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2010年 4月 07日 | Friends and People and Pet is Famlly | No Comments »